【連載】(タイトル未定)#10
※こちらは、超絶遅筆な管理人が、せめてイベントに参加する毎には更新しようという、
雨垂れ石を穿つ精神で投稿する長編(になる予定の)連載ページです。
状況により、過去投稿分も随時加筆修正予定。
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薪の爆ぜる微かな音と、鼻先をくすぐる甘い香りに、ルークの意識は緩やかに浮上していった。重い瞼を擦りながら身を起こし、ぐるりと頭を巡らせる。魔物と遭遇した浜辺からどうやってか連れ帰られた時には、砂まみれのままベッドに転がされていたようなのだが、今はそれもきれいに整えられている。反対側の壁際のベッドは、空だった。
「……フレイ?」
「よぅ、起きたか」
小さな呼びかけの声に、隣の部屋からカップを持ったフレイが戻ってきた。差し出されたそれを素直に受け取り、口につける。拾われて初めて起きた日に飲んだのと同じ味に、不思議と安堵した。
「ありがとう。フレイ、怪我は大丈夫?」
「まぁ、動けんほどじゃない。しばらくは大人しくしてるがな」
そう言って自分の分を口にしかけたフレイの動きが、一瞬止まる。視線を向けた小屋の戸が叩かれる音が、いやに大きく響いた。
「フレイ、ぼくが」
「いい。おまえは顔出すな」
手にしていたカップをルークに預け、フレイが戸口へ向かう。その足が不自然に引き摺られているのを、ルークは不安な心持ちで見送った。
小屋の外には、三人の男がいた。船の修繕作業をしていた者たちで、一人は最後まで浜に残って、すべて見ていた男だ。面倒だ、と思った不機嫌さそのままで、フレイは男たちに対峙する。
「こんな朝っぱらから何の用だ。悪いが、厄介事は当分お断りだ。見てのとおりだからな」
包帯の巻かれた右腕を掲げて見せ、あからさまに追い返そうとするフレイに、男たちは簡単に引かなかった。先頭にいた年嵩の男が周囲に視線を走らせ、問う。
「一緒にいた、あのガキはどうした」
「……俺は、何の用だと訊いたんだが?」
予想どおりの流れに、フレイの声が一際低くなる。こうなることはわかっていた。やはり気絶させておくべきだったと、一番後ろで小さくなっている男を睨む。
「おまえが拾ったらしいな。何者かわかっているのか」
「知らねぇよ。名前以外、何も覚えてなかったからな」
「そんな、得体の知れない者を、側に置いているのか?」
「おまえらに預けても、面倒見ねぇだろうが」
心底鬱陶しく思いながら、声を荒げることだけは自制する。感情的になっても、心証を悪くするだけだ。彼の立場なら、なおさら。
「怪我人叩き起こして、用件は迷子の詮索か? 勘弁しろ、俺も本調子じゃねぇんだ」
「お、おまえだって見てただろう?! あいつが、魔物を操っていたのを!」
我慢できずに叫んだ後ろの男の言葉に、思わずフレイの目が据わる。
「操ってた? 追い返した、の間違いだろ。それでおまえや、おまえらが大事にしようとしてた『船』も無事だったんじゃねぇのか」
「だが、追い返せたということは、呼ぶことも」
「……おい、いい加減にしろ」
フレイの纏う空気が変わったのを、さすがにまずいと思ったらしい。人数に任せて強気に出ていた男たちは縮み上がり、一様に口を閉ざした。
「確証のない話で、人の連れに妙な言いがかりつけてんじゃねぇよ。そもそもおまえら、俺やあいつに、礼を言いに来るのが筋なんじゃねぇのか? それを」
戸口にもたれるように預けていた体を離すと、男たちは怯えたように後退る。もう一押しで帰ってくれるかと、一歩フレイが足を踏み出しかけると、後ろの男は小さく悲鳴を上げて駆け出していった。それを追うように、もう一人もまた。
「と、とにかく、おまえが面倒を見るというのなら、目を離すな。何かあったら責任は取ってもらうぞ」
震える声で、それでも釘を刺すことは忘れずに、年嵩の男はそれだけ言って早足で去っていった。完全に見えなくなるまでその背を睨み付けていたフレイは、どっと疲労感を覚えて再び戸口にもたれる。
何かあったら。言われなくても責任は取る。
「……まぁ、守ってやるのはおまえらじゃねぇけどな」
独りごちて、己の声に存外覇気がないのに少し驚いた。どうやら本調子でないのは方便ではなく、無自覚だったらしい。たったあれだけの問答で、思った以上に消耗している。
ひとつ息を吐いて、小屋に戻る。と、すぐ側に、ルークが立っていた。
「聞いてたのか?」
「だって、ぼく、覚えてない」
あの時、あの浜で、何が起こったのか。自分が、何をしたのか。
「フレイ、本当のこと教えて。ぼくが、あの魔物を追い返したって」
「知らねぇって。おまえが何やったのか、俺にもわからん。けど」
俯くルークの肩を叩く。
「おまえ、自分が魔物を操れるだなんて、思うか?」
「……思わない」
「じゃあ、違うんだろうぜ。あいつらの言うことなんか気にするな。人ってのは、恐ろしいものは、得体の知れないもののせいにしたがる生き物だ」
「フレイは、怖くないの?」
こんな、記憶もない、行動も不可解な、素性のわからない、何かを。
側においてくれる理由がわからない。
顔を上げないルークを、フレイはわざと鼻で笑った。
「はっ、おまえが俺を怖がらせるなんざ、百年早ぇよ」
だから、ここにいればいい。側にいれば、守ってやれる。
なぜかはわからない。だが、彼にはそうしてやらなければならないような気がした。
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