【掌編】夢異世界

 私は水の中にいた。

 池か、湖か、海かはわからない。肌にあまりはっきりした流れを感じないから、川でないことは確かなようだ。

 とは言うものの、水の冷たさも感じないし呼吸もできているようなので、本当に水の中なのかは甚だ疑問である。が、とりあえず私の脳は周りにあるのは水だと認識していた。

 水はあまりきれいではない。視界は不明瞭で、手を伸ばした先は何も見えない。

 それなのに、深さは3メートルほどだろうか、水底に大量のガラクタが沈んでいる。見えてはいないのだが、私はなぜかそれを知っていた。

 私は水面に顔を出した。水中からは何も見えなかったのに、顔を出した目の前に小さな島があった。

 そこに、人の半分程しか背丈のない何かがいた。顔が魚っぽい。魚人、と呼ばれるもののイメージに似ている。

 そんなことを考えながらそれを見ていると、その魚人もどきは早口で何かまくし立てた。聞き慣れない言語だったが、意味は理解できた。

 それが言うには、この島は独自の生態系を有する孤島で、潮の流れに乗ってやってくる大陸からの遺伝子情報によって進化を繰り返しているのだそうだ。ヒトが海に潜るとその流れが歪む、とも言った。

 私は構わずにもう一度潜った。

 魚人もどきの口調は事実を述べているだけで、咎められているという気がしなかった。それに、私はこの海の中で探さなければならない物があるような気がしていた。

 私は海底に沈んだガラクタの間を泳ぎ、古い家具や錆びた金属物、海藻でびっしり覆われてもはや原型のわからない何かなどを見回して、ひとつの時計を手に取った。

 それは友人がいつも着けている、文字盤にうさぎの描かれた腕時計だった。私はそれを持って水面に上がった。

 いつの間にか陽は沈み、空には月が出ていた。柔らかな光が海面を照らしている。

 それ程の時間が経っていたとは露知らず、ついでに水中からは空の変化にも全く気付かなかったのだが、それを不思議とも思わなかった。

 そしてまた、目の前に島があった。

 しかし、そこにさっきの魚人もどきはいなかった。代わりに波打ち際から少し離れた所に小さな火が熾され、その側に少年が座っていた。

 私が海から上がると、少年は地面に向けていた視線を顔ごとこちらへ向けてきた。見覚えのある顔だが、名前を思い出せない。記憶を辿りながら、私は海底で拾ってきた腕時計を彼に見せた。

 少年は一度時計を手に取ったが、すぐに私に返してきた。これではだめだ、と言って。

 なぜだめなのか、何がだめなのかはわからなかったが、私は頷いて彼の側に腰を下した。

 辺りはもう暗くなっていた。月はどこかに隠れてしまったようだ。

 また明日探そう。

 少年にそう言われて、何を探さなければならないのか、なぜ探さなければならないのかを聞く間もなく、私は眠りに落ちた。

 

 目が覚めると、周りは海ではなく草原になっていた。

 昨日の少年は、知らぬ間に現れた少女と一緒だった。こちらも見覚えはあるが名前を思い出せない。二人は、自分たちは向こうを探してくると言って行ってしまった。

 私はその場に寝転んだまま、空を見上げていた。探し物は空にあるように思えた。

 しばらくそうしていると、微かな音が聞こえるのに気が付いた。風のような自然の音ではない、けれど、人工物のような機械的な音でもない。

 なんだろうと思って体を起こすと、頭上を巨大な影が横切った。

 それが通り過ぎると、鈴のような音が降ってきた。同時に、きらきらと光る粒が空中に舞う。

 通り過ぎた何かが旋回して戻ってくる。

 それは、水晶の鳥だった。はばたくと、深紅の翼の間から水晶の粒が零れ落ちてくる。その粒を手に取って、私は我知らず微笑んだ。

 私が探していたのはこれだったのだ。これで元の世界に戻れる。私はその為に、この水晶の欠片を探していたのだ。

 意識の外側で、毎朝聞いている機械音が鳴り出したのを知る。もうこの世界ともお別れだ。再びはないだろう。あってもそれはまったく同じ場所ではない。

 鳥が高く長く鳴く。別れを告げるように。

 水晶で作られた鈴は、きっとこんな音なのだろうと思った。

                  

〈了〉

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