【連載】(タイトル未定)#14

※こちらは、超絶遅筆な管理人が、せめてイベントに参加する毎には更新しようという、

雨垂れ石を穿つ精神で投稿する長編(になる予定の)連載ページです。

状況により、過去投稿分も随時加筆修正予定。

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 フレイは一人、町を歩いていた。視線が集まってくるのはいつものことだが、普段とは明らかにその質が違うのを感じ取る。

 ルークには、絶対に小屋から出るなと言い置いて、残してきた。連れてこなくて正解だったと、内心溜息を吐く。

 町の外れで目的の物を手に入れ、さっさと帰ろうと歩き出したフレイの頭上を、何かが横切った。はっと見上げると同時に、町の至る所で悲鳴が上がる。

「魔物だ!」

「くそっ、また……!」

 遥か上空を、翼をもった黒い影が複数滑空している。距離があるせいでわかりにくいが、森に棲む野鳥などとは段違いの大きさだ。

 近くにいた男が、フレイに向かって怒鳴る。

「フレイ! おまえ、責任取るとか言ったらしいじゃないか、早くなんとかしろよ!」

「うるせぇな、町に降りてきたわけでもねぇのに、がたがた騒ぐな」

 鋭い眼で睨まれて、男は逃げるように家の中に駆け込んでいった。近くにいた者たちも、次々に家や建物に入る。それらを横目に、フレイは影を追って走った。


 魔物の影は、森の木々を超えて、まっすぐに浜へ向かっている。

 狙いはやはり『船』なのだろうか。フレイは舌打ちして、森の獣道を突っ切っていく。町の連中に義理立てするつもりなど毛頭ないが、あの船は『古代文明の遺産』だ。魔物ごときに易々と破壊されるには惜しい、くらいには思っている。

 森を抜けると、微かな悲鳴が響いてきた。『船』のある方から、男が二人、駆けてくるのが見えた。

「フ、フレイ! 助けてくれ!」

「てめぇら、浜には近付くなって言っただろうが!」

 大方、気になって様子を見に来たか、興味本位で見物に来たか。忠告を無視する身勝手さに苛立ちながら、さっさと逃げろと町の方を指す。

 『船』の上を、三体の魔物がゆっくりと旋回していた。一際大きな個体が、フレイに気付いたのか、甲高い咆哮を上げて向かってくる。

「ふん、肩慣らしにはちょうどいいか」

 右手を握り、力を籠める。炎がまとわりつく慣れ親しんだ感覚に、獲物を見据える瞳に鋭さが増す。

 フレイの全身を、陽炎のような熱風が取り巻く。右腕を一閃させると、炎の刃が無数に放たれ、魔物を切り刻んだ。ぼたぼたと落ちてきた肉塊を炎の渦が舐めていく。フレイがもう一度腕を払うと、砂浜には僅かに焦げた跡だけが残されていた。

 船に近付くフレイを敵と見なしたのか、残りの二体も耳障りな鳴き声を上げながら突っ込んでくる。熱風の渦で絡め取り、船から離れた場所に叩き落とした。生き物であれば心臓があるであろう辺りに、炎の刃を撃ち放つ。断末魔の声もなく、二体は塵と化して風に流されていった。フレイはそれを、目で追うともなく眺めていた。

 大きいだけで、それほど力のある魔物ではなかった。何かを襲うつもりだったにしては脆弱すぎる気がする。

 魔物の目的など、考えたところでわかるわけもない。元々、自我や思考というものは希薄だというのが、魔物に対する共通認識だ。偶然どこかで魔力が宿った何かが発生し、たまたまこの浜に――『船』に向かってきた、ただそれだけのことなのかもしれない。

 だが、そこに何か意味があるような気がしてならない。そう思うのは、慎重に過ぎるだろうか。


「……で、おまえはそこで何してやがる」

 静かだが逆らうことを躊躇わせる声音に、甲板に蹲っていた小柄な影がびくりと震える。縁からおずおずと顔を出したのは、ルークだ。一瞬視線を泳がせた後、諦めたようにフレイの側に飛び降りてきた。

「一人で出歩くなって言っただろうが」

「……ごめんなさい」

 俯いたルークは、それ以上何も言わない。言い訳のひとつでも返ってくるかと思っていたのに、あまりの消沈ぶりにフレイの方が拍子抜けしてしまった。胸の内で燻っていた苛立ちも消え失せてしまい、フレイはひとつ息をつくと、口調を和らげて言った。

「なんで来た? 理由があるだろう」

 むしろ、理由もなく出て来たのなら、それこそ問答無用で張り倒すところだ。そうではないとわかっている、と言外に示すと、ルークはぽつりと、独り言のように零した。

「『船』を動かせたら、ぼくも加護持ちだってことになるんじゃないかと思って」

「は?」

「魔力があるってわかれば、魔物を呼んでるのも、本当にぼくかもしれないって、思って」

「ちょっと待て。おまえ」

「でも……やっぱり動かなかった」

 ぺしん、と軽い音がして、後頭部をはたかれた。驚いて隣に立つフレイを見上げると、怒ったような、呆れたような目で見下ろされた。

「そんなこと最初からわかりきってるだろうが。言った筈だぜ、おまえからそういう気配は感じねぇってな。俺の言うことがそんなに信用できねぇか」

「ご、ごめんなさい」

「だいたい、それで万が一『船』が反応してたらどうするつもりだったんだ。自分のせいだ、って町に詫びにでも行くのか?」

「あ、えっと、そこまでは考えてなかった、です」

「考えなしに余計なことするんじゃねぇよ。何かあってからじゃ遅いんだ」

 フレイの様子が妙だ。普段、こんな畳みかけるような言い方はしない。

 これは、たぶん――心配をかけて、叱られている。不意にそのことに気付いて、ルークはなんだかこそばゆい気持ちがした。フレイが、自分の勝手を頭ごなしに否定するのではなく、心配してくれる。酷い緊張が緩み、小さな笑みが浮かんだ。

「……なに笑ってんだ」

「ううん、なんでもない。来てくれて、ありがとう」

 仏頂面のフレイに額を小突かれる。

 それは彼の照れ隠しだと、ルークはもう知っていた。

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